孝安天皇玉手丘上陵

平成十七年三月三十日(つづき)

11:08 孝昭天皇陵前発。24号線に戻り、葛城川にかかる御所橋を渡り、すぐ左の細い道を入る。ここからしばらくひたすら東へ進む。

11:20 少し右に寄り道して野口神社に参拝する。この神社の御祭神は神倭伊波礼毘古命(神武天皇)と彦八井命ということだが、本来は水を司る神の信仰だったようだ。

境内に「蛇塚」がある。修行中の役小角に懸想した娘が蛇に化身して小角を待ち伏せたが、井戸に入ったところを、恐れ慄いた民衆が石で塞いだのだという。確かに石組の井桁のうえに大石が載っている。写真は撮らないので、関心ある方はぜひ参拝してみてほしい。元の道に戻り古い集落を抜けて行く。集落の名は「蛇穴(さらぎ)」

蛇穴の集落を抜けると、ついに道は農業用水路脇の無舗装の細道となるが、ひるまず東進する。御所工業高校の北を抜ければ、孝安天皇陵を含む丘の木々が見えてくる。丘の周りをぐるりと半周し、11:50孝安天皇陵の参道入り口に達する。参進する前に写真を撮り、カメラを片付け、服装を整えたうえで、一礼して参道の石段を登る。
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参道は森に覆われて暗く、丸石が敷かれた苔生した石畳と石段が続く。途中で分かれ道を行くと神社があるようだ。安政四年の年号が刻まれた百度石がある。

登ると社号標も社号額もない寂しげな神社がある。先ほどの「孝照宮」に良く似た風情。しかも拝殿の向こう側には、今から訪れる孝安天皇陵の拝所が見えている。ちょうど、孝照宮に拝礼すると孝昭御陵の円丘部に向かって拝礼する格好になっていたのと同様の形。やはり幕末の尊皇熱の中で「孝安天皇陵附属神社」として鎮座したものだろうか。下調べをしていないので、思いつきでしかないが。

さらにその神社の後方、孝安陵と反対の側に少し上ると、「金比羅神社」がある。タタリでも有りそうなくらい荒んだ雰囲気で、「霊感が強い」人ならきっと敬遠しそうな所だが、こういう所こそ、「神様の事を忘れてはいませんよ」と、ご挨拶しなければならないと思っているので、しっかり参拝する。ここでも写真は撮らないので、関心ある方はぜひ参拝してほしい。

12:12 孝安天皇玉手丘上陵参拝。御陵の正面急斜面の眼下に満願寺がある。その満願寺の墓地が、斜面を登って拝所のすぐ際まで迫ってきている。御陵のあるこの丘や件の神社なども、この寺と何らかの係わりがあるのかも知れない。もと来た参道を降り、参道入口で一礼して退去。最寄り駅である、JR和歌山線玉手駅へ向かう。たぶん歩いた方が早いだろうが、12:52、一時間一本しかない電車でとなりの御所駅に向かう。

JR御所から近鉄御所まで歩き、「あけぼ乃」で「焼き餅」「つつじもなか」「葛城路」を土産に求める。

13:00 駅前の「八洋」で「ひさご弁当」の昼食。瓢箪形の容器に、じゃこ御飯、牛肉アスパラ巻、魚(鰆かな)の西京焼、高野豆腐、海老、玉子焼き、鶏唐揚げ、ウィンナーなどを盛り付けたもの。いい味付けでした。

近鉄御所から尺土と橿原神宮前で乗り換えて、14:10、近鉄橿原線畝傍御陵前駅着。畝傍陵墓監区事務所に、孝昭天皇陵と孝安天皇陵の御陵印を頂きに来たのだ。神武天皇陵に参拝後、14:25、となりの事務所で御陵印拝受。

帰りは、畝傍御陵前~大和八木へ。大和八木にて上本町行き準急に乗車(14:49)。

15:41 上本町駅着。

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日本書紀 全現代語訳
宮内庁書陵部陵墓地形図集成
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孝昭天皇掖上博多山上陵

平成十七年三月三十日

09:20 近鉄あべの橋発吉野行き急行にて出発。

09:50 尺土着。ここで御所線に乗り換える。乗ってきた急行が出た後のホームに、近鉄御所行き電車が来る。二両編成のワンマン運転。09:55尺土発。

10:05 近鉄御所駅着。ホームページ用の写真撮影等のため、近くのJR和歌山線御所駅へ向かう。駅前商店街らしきものがあるが、半分以上は廃業している模様。御陵だけでなく、御陵を支える地域社会も衰弱しているのだろうか。ただし、人が少ないわけではない。車の交通量は非常に多いし、大型スーパーや百均ショップも出来てきている。歴史の断絶の上に立つ繁栄、といったところか。JRの御所駅は近鉄の駅よりさらに寂しい環境。昼間帯は、上り下りそれぞれ一時間一本しか電車がない路線だから仕方ない。

10:34 近鉄御所に戻り、駅前から国道24号線を南に向かう。右手に葛城山を望む。ここ御所は奈良盆地最深部の河内寄りの地、葛城山の向こうは大阪府千早赤阪村だ。途中柳田川を渡る。土手に桜並木。まだつぼみだが。大動脈・24号線だけあって交通量は相当なものだが、歩道が完備されているので危険な思いをすることはない。右手に孝昭天皇陵の森が見えてくるので、少し脇道に下りて行く。

10:45 孝昭天皇陵前着。敷地の外から写真撮影。兆域に隣接して「孝照宮」という小さな神社があるので、カメラを片付け、服装を整えたうえで、一礼して石段を登り参拝する。その名の通り孝昭天皇を御祭神とする神社なのだろう。明治以降の宮内省がこういうものを建てることはないだろうから、江戸後期の修陵事業流行期にでも建てられた神社なのだろうか。拝殿前で拝礼すると、ちょうど御陵の円丘部に向かって拝礼する格好になる。「孝照宮」境内からもとの道に戻り、一礼して孝昭天皇陵前の数段の石段を登り拝所前に進む。

11:00 孝昭天皇掖上博多山上陵参拝。一礼して石段外に出る。ここからほぼ真東に進み、次の第六代孝安天皇陵に向かう。

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宮内庁書陵部陵墓地形図集成

HP『御陵参拝案内』開設

ホームページ『御陵参拝案内』を開設しました。

記事はまだ、先日参拝した武・綏靖・安寧・懿の四陵についてだけですが。

懿天皇畝傍山南纖沙溪上陵

平成十七年三月十六日(つづき)

安寧天皇陵参拝後、もと来た道を戻る。ついさっき来たばかりの懿天皇陵前に着き、あらためて敷地の外から写真撮影。カメラを片付け、歩いている間は暑さで乱れ気味だった服装を整え、一礼して進入。

13:10 懿天皇畝傍山南纖沙溪上陵参拝。一礼して退去する。
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橿原神宮西参道口からまたまた橿原神宮境内に入り、通り抜ける。

13:38 橿原神宮大鳥居前まで戻る。「日本の道100選」に選ばれたという県道を歩いて北に向かう。今日何度目かになる神武陵前を通り過ぎ、宮内庁書陵部畝傍陵墓監区事務所を訪ねる。

14:00 畝傍陵墓監区事務所にて御陵印を拝受。御陵印は畝傍事務所管轄の三十陵分をまとめて設置してあり、それを拝受者自身が捺すようになっている。今ここで三十陵分捺してしまえば何度も足を運ぶ必要はなくなるのだが、本日参拝した四陵分の御陵印だけを捺す。第四代の懿天皇陵前を一旦通り過ぎ、先に第三代の安寧天皇陵にお参りしたのと似たこだわりだが、先に参拝してからその証しとしての御陵印を受けるという形でやっていきたいと思う。今日のように御陵参拝の当日に監区事務所まで来られるかどうかはわからないが。

御陵印を頂いて、ホッと一息。監区事務所から神武天皇陵拝所前に出て、御陵にもう一礼。先ほどの県道をまた南へ。今日は同じところを何度も行ったり来たりしている。

橿原神宮参道の橿原オークホテルで「埴輪まんじゅう」を土産に求める。

14:39 近鉄橿原神宮前発あべの橋行き準急発車。

15:36 あべの橋駅着。長い御陵めぐりの第一日目が終わった。

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現代語古事記
大和三山の古代

安寧天皇畝傍山西南御陰井上陵

平成十七年三月十六日(つづき)

橿原神宮参拝後、大鳥居と近鉄橿原神宮前駅を結ぶ参道を歩く。かつてはさぞかし賑わったであろう立派な大通りだが、人通りは少なく、シャッターが閉まっている店舗も目につく。

11:55 参道沿いの「やすだ食堂」で昼食。数件の飲食店が並んでいるが、安くてうまいのはこの店だろうと見当をつける。大衆食堂風のシンプルな店内だが、照明は明るく、清潔感がある。カツ丼を注文。カリッと揚げたトンカツをたっぷりの玉子でとじてある。よくある甘すぎる味付けでないのが良い。ボリュームもたっぷり。

食事して元気になったところで、安寧、懿両天皇陵に向かおう。近鉄南大阪線の線路沿いを西に歩く。途中、踏切を挟んで久米寺が見える。神通力で空を飛んでいる最中に、女を見て目がくらんで墜落したという久米仙人ゆかりの寺だ。途中からまた橿原神宮境内に入り、深田池の端を通って橿原神宮の西参道口の鳥居に出る。安寧、懿両天皇陵には、この鳥居を出てすぐ北に向かうのだが、ホームページ用の写真撮影のため、もう目の前に見えている近鉄橿原神宮西口駅へ。このとき12:40。

橿原神宮西口駅から住宅地の合間を縫うように坂を上がると、正面に懿天皇陵が見えるが、歴代の順番どおりにまわりたいので、先に安寧陵へ向かう。地図を見つつ数分歩いて、安寧天皇陵前着。外側の車道からでも拝所がすぐそこに見えている。写真数枚撮影後、カメラをバッグに片付け、服装を整え、一礼して入る。

13:00 安寧天皇畝傍山西南御陰井上陵参拝。参拝の最中に13:00を告げるサイレンがどこかで鳴るのが聞こえる。参拝後、一礼して敷地外に退去。
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大和三山の古代
歴代天皇・年号事典

綏靖天皇桃花鳥田丘上陵

平成十七年三月十六日(つづき)

神武陵参拝後、県道をさらに北へ歩く。畝傍陵墓監区事務所の正面入口の前などを通り、10分ほどで綏靖天皇陵参道入口着。広大な敷地の神武陵を見た後だからだろうか、小ぢんまりした印象。参道入口外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して進入・・・したところ、なんと犬のフンの多いことか。1メートルおき位にあるではないか。一部周辺住民(あくまでも一部だろうが・・)の所業が残念だ。小さな手水鉢があるが緑色に濁った水が溜まっているだけなので、これは使えない。

11:05 綏靖天皇桃花鳥田丘上陵参拝。帰りに目を凝らして見ると、空き缶やら菓子の空き袋やらも敷地のそこかしこに見える。とても全部拾っては行けないので、持っていたコンビニ袋に入る分だけゴミを拾い、一礼して退去。
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南へもと来た道を戻り、先ほどの神武天皇陵参道前など通ったあと、橿原森林遊苑に入る。せっかくここまで来ているので、橿原神宮にもお参りして行こう。神門を入ると、結婚式の新郎新婦と出席者一同が、拝殿をバックに記念撮影をしているところだ。

11:40 橿原神宮参拝。内拝殿の屋根が目に見えて傷んでいる。

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大和三山の古代
よくわかる 日本の神社

神武天皇畝傍山東北陵

平成十七年三月十六日

09:20 近鉄あべの橋発吉野行き急行にて出発。遠足らしい中学生の団体と、ハイキングらしい年配男性の団体と乗り合わせる。賑やか。

09:52 橿原神宮前駅着。橿原公苑東側の道路を歩いて北に向かう。橿原考古学研究所、同附属博物館前を通り、ホームページ用の写真撮影のため、近鉄畝傍御陵前駅にも寄る。

畝傍御陵前駅から約10分で、神武天皇陵参道入口着。写真数枚撮影。カメラを片付け、服装を整え、一礼して進入。森に挟まれた参道の砂利を踏みしめ拝所に向かう。手水場があるで、神社でやるのと同じように手水を使う。宮内庁書陵部畝傍陵墓監区事務所の建物がすぐ隣に見える。

10:45 神武天皇畝傍山東北陵参拝。もと来た参道を戻り、一礼して敷地外に出る。
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