スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

武烈天皇傍丘磐坏丘北陵

平成十七年七月二十一日

9:11 JR天王寺駅から、加茂行き区間快速で出発。

9:29 王寺駅着。降りたホームで待つことしばし、あとから到着した列車の前二両が「区間快速奈良行き」となり、後四両が切り離されて「和歌山線高田行き」となる。その9:43発高田行き普通電車に乗車。

9:50 志都美着。西へ向かう。

10:08 志都美神社参拝。

御祭神は、天児屋根命・中筒男命・誉田別命。藤原氏神+八幡信仰+神功皇后(誉田別命御母)の三韓征伐をアシストした住吉神、といったところ。本殿裏の石垣には、明治期のコレラ流行時に死者が出なかったことを感謝する石碑が埋め込まれている。また、「大阪松島廓」奉納の荒れた稲荷祠もある。武烈天皇陵を含む丘陵の南東の一隅を占めているのがこの神社で、丘陵のそれ以外の部分は御陵の兆域になっている。県の天然記念物に指定されている本殿裏の社叢は、そのまま御陵の杜と繋がっているようだ(社叢は神域として立ち入り禁止)。

10:15 武烈天皇陵前着。前の道と御陵敷地の間は空地になっているので、広大な御陵の様子を見渡すことができる。この空地は、最近まで農地であったかと思われるので、近々宅地化されてしまうのかも知れない。そうなると他の少なくない御陵同様、景観が大きく損なわれることになる。

前の道から写真数枚撮影後、カメラを片付け、汗を拭い、服装を整え、一礼して参道へ入る。 この御陵の詰所は宮内庁傍丘部の事務所でもある。
025-06.jpg

10:29 武烈天皇傍丘磐坏丘北陵参拝。一礼して退出。志都美神社まで戻り、御陵のまわりを半周ほどして裏側へ出ると、ひとつの自然丘陵全体が兆域とされていることがよくわかる。のち、南へ向かう。

11:15 先日参拝した顯宗天皇傍丘磐坏丘南陵前を、一礼して通過。さらに南下してJR香芝駅の少し手前で東に進路をとり、葛下川を渡って「真美ケ丘」の広大な新興住宅地に入る。

11:45 西真美二丁目の「味季 和遊」にて昼食。注文したのは毎昼限定10個の「和楽弁当」。造り(鮪、鯛)、天ぷら(海老など)、炊き物(冬瓜など)、酢の物(南蛮漬)が入った四つ割の松花堂と、南瓜の玉地寄せ(かぼちゃの入った冷やし茶碗蒸し)、御飯、香の物、赤出汁、心太、それに食後のコーヒーがつく。板場さんをカウンター越しに見ていると、様々な作業を同時進行でこなす「一人仕事」らしい動きをしている。趣味半分の自称・料理人とは全く違う、「職人」の仕事だ。店のチラシの宣伝文句に「食べ慣れた家庭の味が一番ですが、でも、やっぱり月に一度くらいは贅沢したくなるんですよね」とあり、地元主婦層にアピールしているようだ。広大な住宅街である割には、安物屋以外の飲食店が少ない印象がある地域なので、狙いどころは正しいだろう。実際、私以外のお客は全て中高年女性のグループだった。

昼食後、真美ケ丘地区を東へ横切る形で進んで住宅地の外に出ると、農耕地と霊園の先に三吉陵墓参考地後円部の森が見えてくる。

同参考地の手前(西側)には、葺石や円筒形埴輪が復元された帆立貝式の塚、三吉石塚があり、その上に上って参考地を望み見る。周濠部の大半は田畑として利用されており、次回訪れる予定の今城塚(大阪府高槻市)の整備前の姿とよく似た雰囲気である。

12:54 三吉陵墓参考地前方部正面(通常の陵墓だと拝所がある部分)着。ホームベース形制札もここにある。
025-07.jpg

南に向う。炎天で頭が湯立ちそうだ。途中、缶ジュース二本を飲み干し、公園の水道で頭を冷やすなどしながら、大塚陵墓参考地を目指す。

13:54 大塚陵墓参考地着。被葬者に武烈天皇を想定して参考地指定されているらしい。北側の一部がちょっとした公園となっており、ホームベース形制札も近くに見える。東側の周濠状の湿地にホテイアオイの花がたくさん咲いているのが美しい。
025-08.jpg


さらに高田川沿いを南下したのち、築山の街に入る。

14:15 磐園陵墓参考地前方部正面着。通常の陵墓だと拝所がある部分に来てみたが、制札も標柱も何もない。周濠には水辺の植物が鬱蒼と繁ったポイントが何ヶ所もあり、雷魚でもいそうな様子である。遠くに二上山が見えている。私の持っている地図には、この塚を「武烈天皇御陵」と記しているものがある。地元ではそう考えられていたのだろう。
025-09.jpg


住宅地を縫うように磐園陵墓参考地のまわりを廻る。途中、同参考地の陪冢(い号)を見かける。制札の文字はほとんど消えている。陵墓参考地のそのまた陪冢という周縁的な立場から、手が廻りきらないのだろう。

14:35 磐園陵墓参考地北側入口前着。前方後円形のくびれ部の近く、周濠上に張り出した部分で、塚丘とほぼ地続きになっている。ホームベース形制札、石の標柱、詰所(実際は倉庫化)、鉄扉等が揃っている。

フラフラ状態で近鉄大阪線築山駅に辿り着き、14:50、榛原行き準急に乗車。大和八木で橿原線に乗り換え、15:05、畝傍御陵前駅着。橿原公苑で高校野球の予選をやっているらしく、駅は応援の高校生で一杯だ。神武天皇陵の駐車場も、「高校野球駐車場」という看板を立てて開放されている。

神武天皇陵参拝後、15:25、畝傍陵墓監区事務所にて武烈天皇陵の御陵印を拝受。

畝傍御陵前駅から大和八木での乗り換えを経て、16:41に上本町着。

御陵参拝案内の該当ページ

日本書紀 全現代語訳
宮内庁書陵部陵墓地形図集成
スポンサーサイト

巨勢路・葛城路(掖上鑵子塚~琴弾原白鳥陵~室の大墓(宮山)~葛城坐一言主神社~埴口丘陵)

平成十七年七月十六日

8:57 JR天王寺駅から、加茂行き大和路快速で出発。

9:14 王寺駅着。9:24発五条行き和歌山線普通電車に乗り換え。

9:53 掖上着。北東へ向かって曽我川を越えれば齊明天皇陵に至るが、今回は国見山の山裾を通って西へ向かう。

10:15 途中の谷にある掖上鑵子塚を見る。帆立貝形と前方後円形の中間的な形態を持つ塚だという。木の繁りかたが美しい。
025-01.jpg


秋津鴻池病院を過ぎたあたりで南に折れ、しばらく進むと左手に国見山がよく見える平地に出る。神武天皇が国見を行ったという伝承地のひとつである。

琴弾原白鳥陵へは所々に道案内の看板が立っているので、それに従ったところ、御陵の裏から参道の途中に降りる径に辿りついた。どうやらJR掖上方面から来るのは、「裏参道」的なルートのようだ。北の孝安天皇陵方面から、県道116号線を通り、富田の集落を経て来るのが本来想定されている経路のようである。

10:44 琴弾原白鳥陵前着。丸太組の段を登り御陵正面に達すると、宮内庁による石柵の前に御所市が建てた観光案内板がある。ということは、参道からここまでは宮内庁管理地ではない、ということになる。実際、兆域の境界を示す標石(赤く塗ったヤツね)が正面の柵の少し前にある。木の繁る陵丘本体以外には拝所などの土地は附属していないわけだ。

ここが兆域外だと判ったので、登って来る前に一度片付けていたカメラを取り出し、写真数枚撮影後、カメラを片付け、改めて服装を整え、一礼して正面柵前の一段高くなったところに立つ。
025-02.jpg


10:50 日本武尊琴弾原白鳥陵参拝。鳥居が建っていないことや、拝所がなく詰所だか倉庫だかの建物もないこと、そして制札がホームベース形のものであることといった仕様から見ると、慣例により「陵」と称してはいるが、宮内庁としては殯斂地や参考地と同等の扱いのようだ。一礼して後退。

国道309号線の南に平行して走る旧道を、葛城山系を前に見つつ西へ向かう。條(じょう)の集落につづいて室(むろ)の集落に入る。

11:42 室八幡神社参拝。室の大墓(宮山)のふもとにある神社である。宮山は南葛城地域最大の前方後円形の塚で、古くは武内宿禰の墓と考えられていたが、現在は葛城襲津彦の墓ではないかと云われている。境内の一隅には「孝安天皇室秋津島宮址」の碑もある。拝殿横の小さな石鳥居をくぐり、狭く急な石段を登ると後円部頂上に至ることができる。
025-03.jpg


11:49 宮山後円部登頂。二つ並んだ石室の天井石がそれぞれむき出しになっている。代々の天皇の外祖父として権勢を保つという、永く後世に受け継がれる「ビジネスモデル」の発明者、葛城襲津彦がここに葬られたのだろうか。

12:15 国道24号線沿いの某ラーメン店で昼食。冷麺と炒飯のセットを注文。両方とも辛かった(スパイシーな辛さではなく、単に塩辛い)。

24号線を越え、さらに西へ進む。

12:54 長柄(名柄)神社参拝。小さな神社だが、本殿の板部分に残った絵はなかなか立派なものだ。神社のすぐ先で右折して北上する。いわゆる「葛城古道」の北半分を行くことになる。

13:13 葛城坐一言主神社一の鳥居前着。ここからまた西へ向かって長い参道を歩く。葛城山の山裾に達し、石段を上がったところに「いちごんさん」は鎮座している。
025-04.jpg


13:25 葛城坐一言主神社参拝。

13:30 一言主神社境内から東に奈良盆地を望み、はるか横浜に向け、未完に終わった破壊王に黙祷。

炎天下、喉がからからに渇いても自動販売機ひとつ無いなか、頭の中で「Welcome to the pleasure dome~爆勝宣言」を鳴り響かせながら葛城古道をゆく。一言主神社から北に向かい、森や田畑を縫ってしばらく歩くと、針葉樹林の中に「綏靖天皇葛城高丘宮址」の碑がある。九品寺まで行ったところで、一般道に下りて近鉄御所駅まで歩く。

14:55 近鉄御所から尺土行き普通電車に乗車し、15:00、近鉄新庄着。飯豊天皇陵を目指す。

15:17 飯豊天皇陵前着。陵丘の濠に近い部分は、木があまり生えておらず、地肌がむき出しになったり、雑草が繁ったりしている。拝所への参道入口前から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して進み入る。
025-05.jpg


15:21 履中天皇皇孫女飯豐天皇埴口丘陵参拝。一礼して退出。

15:44 近鉄新庄発尺土行き普通電車乗車。15:54、尺土にてあべの橋行き準急に乗換え。

16:36 あべの橋着。

物語 日本武尊
日本書紀 全現代語訳
日本歴史旅行地図帳

仁賢天皇埴生坂本陵

平成十七年七月七日(つづき)

13:05 畝傍御陵前駅発。13:09、橿原神宮前駅であべの橋行き準急に乗り換え。

13:53 藤井寺着。

「藤井寺駅前」バス乗場から近鉄バスに乗り、四つ目のバス停「野々上」で下車。近くの野中寺に寄ってから仁賢御陵に向かう。

バス停のある道を南に行くと、すぐに「日本最古の官道」竹内街道と交差する。その街道に入って数分歩くと、御陵の駐車場が見えてくる。

14:30 仁賢天皇陵前着。竹内街道に面した御陵入口から拝所までは、参道をゆるやかに下っていく形になっている。その参道入口の外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して参道に進み入る。

14:35 仁賢天皇埴生坂本陵参拝。参道入口で一礼して退出。(写真は後円部側から撮ったもの)
024-01.jpg


御陵の後円部側にまわると、大きな池がふたつ周濠に隣接しており、堤を散歩する人や、池に釣り糸を垂れる人なども多く、地元のちょっとした憩いの場になっているようだ。周濠の水面を含め、そこらじゅうにロケット花火の残骸が多数散らばっていて、夜は夜で躾の足りないお子さん方の憩いの場になっているのだろう。

大阪外環状線を越えて野中の集落を抜け、應天皇陵の陪冢として管理されている墓山に至る。広々とした周濠には水がなく、雑草が生い茂るにまかせられて荒涼としている。これだけ大きな塚を単なる陪冢と指定していると、管理もなかなか行き届かないのだろう。(写真は墓山の前方部側)
024-02.jpg


そこから北に向かい、野中集落のはずれにある宮山に達する。これも元は前方後円形の塚であるが、後円部に野中神社、前方部には幼稚園がある。野中神社に参拝したあと、国道170号線に出て、右手に應天皇陵をみながら北上する。

15:54 應天皇陵参拝後、古市陵墓監区事務所にて仁賢天皇陵の御陵印を拝受。

16:20 近鉄南大阪線土師ノ里駅からあべの橋行き準急に乗車。

16:37 あべの橋着。

御陵参拝案内の該当ページ

現代語古事記
宮内庁書陵部所蔵 古鏡集成

顯宗天皇傍丘磐坏丘南陵

平成十七年七月七日

9:53 近鉄大阪線上本町駅から、青山町行き急行で出発。河内国分駅で各駅停車に乗り換え。

10:20 近鉄下田駅着。北へ向かう。

JR和歌山線香芝駅に立ち寄り、おなじみの大阪皇陵巡拜會建立の石標をみる。「顯宗天皇陵北西十二丁 武烈天皇陵北西廿七丁」とある。さらに北へ(「北西」か)十数分進み、北今市の古い集落に入る。

10:50 顕宗天皇陵前着。詰所に電灯が灯っており、よく見ると中に宮内庁職員の方がいる。御陵の全景を入れるための「引き」に苦労しながら写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して拝所内に参進。
023-06.jpg


10:57 顯宗天皇傍丘磐坏丘南陵参拝。のち一礼して退下。

御陵の周囲をひとまわりしてから、もと来た道を引き返す。

11:15 駅まで戻る道沿いにある「山本寿司本舗」で昼食。「にこにこ定食」を注文。造り(貝柱)、天ぷら(海老、茄子、南瓜、青唐)、小鉢、炊き合わせ(筍、蒟蒻など)、御飯、吸い物(鱧)、香の物。

定食のネーミング(「わくわく定食」というのもある)はまあ措いても、天ぷらのあしらいがサラダであったり、炊き合わせにヒジキ煮を盛り込んであったり、定食の一品としての造りなのに貝柱の一種盛りであったりと、センスがどうも「家庭的」ではある。

11:40 近鉄下田駅近くの鹿嶋神社に参拝。

12:05 近鉄下田駅発。御陵印をいただくため畝傍を目指す。大和八木で橿原線に乗り換え、12:25、畝傍御陵前駅着。神武天皇陵参拝後、12:40、畝傍陵墓監区事務所にて顯宗天皇陵の御陵印を拝受。

引き続き、顯宗帝の御兄、仁賢帝の御陵に向かう。

御陵参拝案内の該当ページ

現代語古事記
旧皇族が語る天皇の日本史
最近の記事
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
プロフィール

松倉大貳

  • Author:松倉大貳
  • 歴代天皇陵や皇族陵墓参拝の記録
ブログ内検索
リンク
RSSフィード
参考図書
さらに探す
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。