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飛鳥・高取(キトラ塚~眞弓丘陵~束明神塚~マルコ山~櫛玉命神社)

平成十七年十一月三十日(つづき)

近鉄飛鳥駅前から県道210号線をまっすぐ南下したあと、道標に従い寂しげな道を少し東に入る。少し雲が出てきたようだ。

13:04 キトラ塚前着。ここにも壁画維持のための仮設覆屋(とは言ってもなかなか立派な建物だが)がくっついている。
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キトラ塚から西へ向かい、壺阪山駅前を抜けて近鉄吉野線の線路を越え、高取町役場、高取中学校前を経たところで北に進路をとる。車にも人にも絶えて出会うことのない道をしばし北上すると、左手の高台に岡宮天皇陵の鳥居が見えてくる。

13:18 岡宮天皇陵前着。拝所下の段々畑から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して荒涼とした風情の石段を登る。特別拝所のすぐ下から斜面になっているため正面に回りこむことは出来ず、横から拝する形になる。
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13:30 天武天皇皇子岡宮天皇眞弓丘陵参拝。一礼して、隣接する素盞鳴命神社境内に向け退出。

13:32 素盞鳴命神社参拝。

再び北上し佐田集落の入り組んだ路地奥深く進む。集落最奥部、鬱蒼とした杜に包まれた春日神社の急な石段を登ると、その境内に束明神塚がある。

かつて岡宮天皇陵治定の役人が調査に訪れた際、村人は束明神塚が「草壁さん」(草壁皇子=岡宮天皇)の御墓であることを知りながら、石室を破壊して塚の痕跡を隠し、現御陵に役人の注意を引き付けたという、忌まわしい伝承がある。どんよりとした雲行きとも相まって、「八つ墓村」を思わせる集落である。

13:40 束明神塚前着。塚自体は草の生い茂る低い土盛りに過ぎない。「遥拝所」と彫られた石碑、石灯篭などがある。せめてもの罪滅ぼしのつもりでもあろうか。
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13:50 春日神社参拝。拝殿には束明神塚石室内の絵図が掲げられている。

さらに北上し、未舗装の地道を突破して地ノ窪集落に入り、少し迷った末にマルコ山に達する。

14:20 マルコ山着。被葬者は皇族級の人物ではないかと言われる。墓前に花が供えられている。
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周りはちょっとした公園風に整備されており、割ときれいなトイレもあり見晴らしも良い。小休止してから東へ下る。途中式内社である櫛玉命神社に寄る。
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14:42 櫛玉命神社参拝。その後さらに東進して近鉄吉野線の線路を越え、国道169号線をひたすら北上する。

15:15 神武天皇陵参拝後、畝傍陵墓監区事務所にて天武・持統天皇陵と文武天皇陵の御陵印を拝受。

15:45 橿原神宮参拝後、境内散策。

東口に戻って「近鉄サンフラワーレンタサイクル」で自転車返却。17:00に間に合った。

17:04 定刻より少し遅れて、橿原神宮前駅からあべの橋行き急行に乗車。

17:44 あべの橋着。

宮内庁書陵部陵墓地形図集成
聖徳太子と飛鳥仏教
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文武天皇檜隈安古岡上陵

平成十七年十一月三十日(つづき)

国営飛鳥歴史公園高松塚周辺地区に入り、まず中尾山に向かう。

11:32 中尾山前着。中尾山は、南東から伸びる丘陵上に築造された終末期の古代高塚式陵墓で、丘形は三段築成と推定される八角丘であるという。石槨の一部が露出しているのが見て取れる。
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つづいて公園内を高松塚に向かって進む。公園といっても、飛鳥の原風景をそのまま切り取って保存したようなものであり、田圃もあるしぶどうやみかんの無人販売所もある。

11:50 高松塚前着。“飛鳥美人”と称する壁画で有名であるが、江戸期にはここが文武天皇陵とされていたこともある。その壁画のための「生命維持装置」が装着されたものものしい姿である。
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高松塚の南東に文武天皇陵がある。ほど近い農道に昔懐かしいバタコが一台停まっている。今も現役で使われているようだ。
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12:02 文武天皇陵前着。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して敷地へ入る。文武天皇陵は高松塚にちょうど背を向けている格好で、拝所のある正面方向へは、参道をぐるりと周り込んでいく。

12:08 文武天皇檜隈安古岡上陵参拝。一礼して、入って来たのと反対側へ退出し写真を数枚撮影。
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12:45 飛鳥駅前の「与左衛門」にて昼食。手打ちうどんとちゃんこ鍋を主とする店のようだが、うどんを食べる気にはならなかったので、刺身定食とおでん(大根・玉子・平天)を注文。

腹ごしらえのあと南へ向かう。今日はここからが長い。

物語日本史
藤原氏千年
聖徳太子と飛鳥仏教

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天武天皇檜隈大内陵・持統天皇檜隈大内陵

平成十七年十一月三十日

9:20 近鉄南大阪線あべの橋駅から、吉野行き急行で出発。

9:58 橿原神宮前着。東口にある「近鉄サンフラワーレンタサイクル」で自転車を借り南へ向かい、畝傍陵墓参考地(見瀬丸山)を再訪したのち、天武・持統天皇陵へ。

近鉄飛鳥駅前を経て、以前欽明天皇陵から亀石方面に向かった道のひとつ南の道を、鬼の雪隠などを遠望しながら東進する。その鬼の雪隠、鬼の俎などがある「霧が峰」方向から張り出した尾根の突端に天武・持統天皇檜隈大内陵がある。

11:10 天武・持統天皇陵前着。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して敷地へ入り石段を登る。御陵下の斜面はまばらな柿林になっていて、拝所の脇で老農婦がもぎたての柿を売っている。先客の古代史ファンらしきグループが賑やかにやっているので、御陵のまわりを一周するなどして少し待つ。
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11:25 天武天皇檜隈大内陵竝持統天皇檜隈大内陵参拝。一礼して退下。

つづいて県道209号線を西南に進み、国営飛鳥歴史公園高松塚周辺地区を目指す。

白鳳の挽歌―天武天皇の後裔たち
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