聖武天皇佐保山南陵

平成十八年一月二十七日(つづき)

遊園地「奈良ドリームランド」の広大な正面アプローチ前に着く。3月まで平日は休園しているらしく、がらんとしている。私も子供時代にここに連れて来られたことがあるが、懐かしくも寂しい昭和の薫りが漂っている。

その正面アプローチ脇の狭い坂道に「聖武天皇皇太子那富山墓」と彫られた小さな石標が建っている。ドリームランド造成以前の里山の風情を残す坂を、自転車を押して上がって行く。

雑木林の奥に陵墓の雰囲気を感じ取り、踏み分け道みたいなのを少し入ると、そこに那富山墓があった。参道もへったくれもない。

12:10 那富山墓前着。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して敷地へ入・・りたいところだが、入口の鉄扉が固く閉ざされているため、敷地外より拝礼せざるを得ない。この那富山墓の四隅には「隼人石」と呼ばれる獣頭人身像線刻石がある。現在では、これらは十二支を象ったものであろうと言われている。ちなみにこれを「隼人石」と名付けたのも藤貞幹である。
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12:25 聖武天皇皇太子那富山墓参拝。一礼して退下。

鴻ノ池運動公園を経て南下し、聖武天皇陵を目指す。聖武天皇陵西側の旧道を通って一条通りに出ると、その辻に「元明天皇元正天皇奈保山東西・・」と読める石標がある(下部はセメントに埋まっている)。一条通りを少し東に行くと、佐保川と通りが交わる所、法蓮橋のすぐ手前が聖武天皇陵と天平應眞仁正皇太后陵の参道入口になっている(このまま真直ぐ東に進めば、東大寺転害門である)。

12:44 聖武天皇陵前着。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して参道に進む。
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12:50 聖武天皇佐保山南陵参拝。一礼して退き、同じ兆域内で隣接している天平應眞仁正皇太后陵に向かう。

12:55 聖武天皇皇后天平應眞仁正皇太后佐保山東陵参拝。一礼して退く。

御陵から東へ向かい、松永久秀の多聞城本丸跡にあたる奈良市立若草中学校を目指す。若草中学は坂を上りきった高台にあり、校門から中を窺がうと、校舎まではさらに高い石段がある。校門前から奈良市街地方向を望んでみれば、眼下に連なる無数の屋根の向こうに、奈良県庁や興福寺五重塔、若草山、東大寺大仏殿や二月堂がよく見える。

その後、聖武天皇陵参道前を通って一条通りを西に向かい、同御陵の二つの陪冢を探す。一条通りから鴻ノ池運動公園の方へ少し北上したところで、二つの陪冢をほぼ同時に見つける。

13:22 聖武天皇佐保山南陵陪冢ろ号「西淡海公」着。
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兆域すぐ外の木にタイヤがぶら下がっていて、その前には金属バットが放置されている。野球のトレーニングでもしているのだろうか。

13:35 聖武天皇佐保山南陵陪冢い号「東淡海公」着。
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「○に兆域内に立入る可からす」(○は猥?)と書かれていると思われる細長い木柱が、根元から折れて倒れているのが見える。

一条通りに戻り西進する。大山守命墓に向かうのだが、そろそろ食事にしたい。

13:50 某店で昼食。炒飯と焼きそば。

一条通りから奈良教育大学附属中学の方へ北上する。途中、狭岡神社前と教育大附属中前の二箇所で、大山守命墓を示す大阪皇陵巡拜會建立の石標を見かける。反逆者として征伐された皇子の墓にしてはやけに手厚い。戦前には大山守命ファンが一定数いて、参拝需要があったのだろうか。

14:22 大山守命墓前着。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して敷地へ入る。
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14:26 應天皇皇子大山守命那羅山墓参拝。一礼して退下。

一条通りを聖武天皇陵参道前まで戻り、法蓮橋を渡って南下する。近鉄奈良駅から聖武天皇陵までの経路を逆向きに辿り、駅からは東大寺を目指して東進する。東大寺西塔跡のすぐ東に一乗院宮墓地がある。

15:13 一乗院宮墓地前着。参道の外側から墓地前に接近し、敷地外から写真数枚撮影後、参道入口に戻ってカメラを片付け、服装を整え、一礼して参進する。
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15:25 後陽成天皇皇子尊覺親王墓竝後水尾天皇皇子眞敬親王墓一乘院宮墓地参拝。一礼して退下。

大仏殿や戒壇院のまわりを少しうろうろしてから帰路につく(写真は戒壇院近くから望む大仏殿)。
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近鉄奈良駅前で「総本家平宗」の柿の葉寿司を求める。

16:05 「近鉄サンフラワーレンタサイクル」で自転車返却。

16:22 近鉄奈良駅から、難波行き快速急行に乗車。

16:58 上本町着。

彷徨の王権聖武天皇
光明皇后
古寺をゆく 東大寺
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元正天皇奈保山西陵

平成十八年一月二十七日(つづき)

元明天皇陵前から、県道44号線を越えて佐保山テニスクラブへの道を入ると、すぐに元正天皇陵が見えてくる。

11:48 元正天皇陵前着。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して敷地に入る。
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11:55 元正天皇奈保山西陵参拝。一礼して退下。

県道44号線を南下し、那富山墓方面に向かう。

元明天皇・元正天皇―まさに今、都邑を建つべし

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元明天皇奈保山東陵

平成十八年一月二十七日

9:05 近鉄奈良線日本橋駅から、奈良行き快速急行で出発。

9:43 近鉄奈良着。

9:51 「近鉄サンフラワーレンタサイクル」で自転車を借りる。ここは駅の真前ではなく、小西町の商店街を少し入ったところにある。一日900円は、橿原や桜井と同じ。

バス停などを少し調べたあと、奈良公園へ向けて登大路を東進し、県庁前から国道369号線を北上する。東大寺転害門を見学し、さらに北上。「奈良阪」の最高点近くから奈良阪越え京街道の旧道に入り、奈良豆比古神社前に至る。あとしばらく行けば、京都府との府県境である。
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10:57 奈良豆比古神社参拝。

主祭神は、光仁天皇御父追尊天皇春日宮天皇(志貴皇子)。

境内に「元明天皇陵墓碑御旧趾」と読める石碑がある。古くはこの場所に別の石碑があり、神社西方の山が土砂崩れを起こした折に出土したものであると伝えられていた。学者の藤貞幹(藤原貞幹)がそれを元明天皇陵の陵碑であると考証したことから、出土した山が現在の元明天皇陵として治定された。のちに陵碑は元明天皇陵内の山上に建てられた小屋内に移され、その隣にはレプリカも建てられているという。そして陵碑が置かれていたこの場所に「御旧趾」を示す石碑が建てられたというわけだ。なお、藤貞幹は偽書捏造マニアとして悪名高い人物でもある。

社殿裏には県指定天然記念物であるクスノキの巨樹がある。その造形は十字架に架けられたキリストの後姿のようでもある。
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奈良阪町の住宅地を抜け、元明天皇陵と元正天皇陵の間を断ち切るように走っている県道44号線に出る。北上して「奈保山御陵」バス停を確認したのち、元明天皇陵に向かう。

11:27 元明天皇陵前着。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して参進する。
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11:37 元明天皇奈保山東陵参拝。一礼して退下。つづいて、すぐ近くの元正天皇陵に向かう。

元明天皇・元正天皇―まさに今、都邑を建つべし
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文仁親王妃紀子殿下ご懐妊

本日、文仁親王妃紀子殿下ご懐妊の報に接しました。誠に慶賀すべきことであります。

このうえは皇室典範改定論議は直ちに棚上げし、ご出産を心静かにお待ち申し上げるべきです。

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