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陽成天皇樂岡東陵

平成十八年十一月十六日

8:30 阪急京都本線梅田駅から、河原町行き通勤特急で出発。

9:12 河原町着。陽成天皇陵へは「錦林車庫前」行きの京都市バスに乗ることになるが、同所行きのバスは幾つかの系統がありバス停も二ヶ所に分かれているため、そのそれぞれを取材する。

9:40 京都市バス「四条河原町」バス停から、臨57系統「錦林車庫前」行きバスに乗車。私以外の乗客ほぼ全員が「南禅寺・永観堂道」バス停で下車する。

10:00 終点の「錦林車庫前」バス停で下車。

白川に架かる橋を渡り、真如堂がある丘の北麓を西進する。冷泉天皇陵と後一条天皇陵、陽成天皇陵を示す大阪皇陵巡拝会の石標がある角のあたりから南へ折れ、真如堂の正面に至る。真如堂正面の山門に背を向けて西を望むと、前方の突き当りには宗忠神社の白い鳥居が見え、その途中の右手に陽成天皇陵の木立が見える。

10:20 陽成天皇陵前着。敷地外から写真撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して参進する。
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10:30 陽成天皇樂岡東陵参拝。一礼して退く。

真如堂に引き返し、同寺の墓地にある後西天皇皇女常宮(真珠院)御墓に向かう。

10:40 鈴声山真正極楽寺(真如堂)着。紅葉を見に来た観光客で賑わっている。
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本堂南側に広がる墓地の最奥部に真珠院御墓がある。

10:57 真珠院御墓前着。境界外から写真撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して御墓前に進む。
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11:03 後西天皇皇女常宮墓参拝。一礼して退下。

真如堂をあとにして、その南に隣接する黒谷(金戒光明寺)を目指す。

途中、京都大学医学部の大きな供養塔がある。解剖体の供養をするためのもののようであるが、古びた「京都帝國大學醫學部納骨墓地」という表札もある。
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11:29 黒谷(金戒光明寺)高麗門着。この門前にも清和天皇火葬塚と後一条天皇陵、陽成天皇陵を示す大阪皇陵巡拝会の石標がある。

同寺では三門を特別公開中とのことで、真如堂以上に多くの観光客で賑わっている。
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境内奥の墓地に入り、文殊塔を目指して急な石段を登って行く。

11:43 清和天皇火葬塚前着。敷地外から写真撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して参進する。
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11:49 和天皇火葬塚拝礼。一礼して退下。

黒谷の墓地から南へ下る径を抜けると、すぐに岡崎神社に至る。以前参拝した折にも感じたことだが、境内地の広さの割には巨木が多く、必要以上に鬱蒼と繁った杜の中にある印象だ。
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12:11 岡崎神社参拝。素戔嗚尊(牛頭天王)・奇稲田姫命・八王子を祀り、以前は東天王社と呼ばれていた神社である。対をなす西天王社は、聖護院門跡の近くにある須賀神社であるが、元は現在の平安神宮神苑内にあたる場所に鎮座していた。そして、そこに今も残るのが、今日これから訪れる天王塚陵墓参考地である。

丸太町通りを西進し、平安神宮に向かう。

12:32 平安神宮参拝。
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12:35 平安神宮神苑に入苑。社殿を取り囲むように東・中・西・南の四つの庭からなる池泉回遊式庭園で、国の名勝にも指定されているらしい。

神苑内で天王塚陵墓参考地の場所にあたりをつけるが、神苑の内側からは近づいてはいけないので、外から拝見することにする。

13:08 天王塚陵墓参考地を垣間見る。蒼龍楼のすぐ神苑側くらいの場所である。
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平安神宮から疏水沿いに西へ進み、夷川発電所を見る。
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13:50 丸太町橋近くの某店で昼食。

14:16 京阪鴨東線丸太町駅から、淀屋橋行き普通電車に乗車。

14:29 東福寺着。

月輪陵、後月輪陵遥拝後、14:53、宮内庁書陵部月輪陵墓監区事務所にて陽成天皇陵の御陵印を拝受。

15:09 京阪本線東福寺駅から、淀屋橋行き普通電車に乗車。

16:30 天満橋着。

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和天皇水尾山陵

平成十八年十一月八日

9:16 JR京都線(東海道本線)大阪駅から、京都方面敦賀行き新快速で出発。

9:45 京都着。嵯峨野線(山陰本線)ホームに移動。

9:54 JR嵯峨野線(山陰本線)亀岡行き普通電車に乗車。通勤電車ばりの満員である。乗客の多くはやはり嵯峨嵐山駅で下車。

嵯峨嵐山駅から先は、山を貫くトンネルと保津川の流れる谷を跨ぐ鉄橋とが交互に現れ、そんなトンネルとトンネルの間に架かる鉄橋そのものが保津峡駅のホームになっている。

10:20 保津峡着。ひとつの鉄橋全体が駅なので、大変長いホームになっているが、列車が停まるのは改札口に近い西側寄りのみである。(写真は駅から見下ろした保津川。鉄橋のアーチが影を落としている)
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駅前には水尾自治会バスの停留所があるが、次のバスは13:20発なので、保津川に流れ込んでいる水尾川に沿った道を歩いて水尾の里に向かう。川沿いを遡る道は、両側に杉や檜の高木が立ち並び、薄暗く肌寒いが、勾配はほとんどなくて歩きやすい。

崩落か何かで最近造り替えた道を過ぎる頃から、登り勾配が少しきつくなって視界が開けてくる。道のすぐ下に見えていた水尾川もはるかな谷底に去り、水音だけが聞こえている。この地の特産の柚子の木もポツポツ見えてきた。ほどなく静かな山里に入って行く。愛宕山の中腹、水尾川の谷を見下ろす日の当たる傾斜地。水尾帝とも別称された清和天皇が愛した水尾の里である。

11:07 地区の公民館?の前にある水尾自治会バス停留所前に着く。マイクロバスが停まっている。帰りはこれに乗ろう。

水尾の里のメインストリートでもある、山城から丹波への街道を里はずれまで歩きぬけると、「柚子茶屋」という売店のようなものがあり(閉まっている)、その少し先の道端に清和天皇陵参道を示す道標が建っている。

11:26 清和天皇陵参道への下り口着。
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下り口を確認したあと、一度先ほどの「柚子茶屋」まで戻って写真を撮影する。そのあと下り口に引き返し、柚子の木を横に見ながら細い径を谷底の方へゆるやかに下っていく。径の途中に枝分かれして谷底目掛けて降る石段道があり、その分岐点には参道を示す石標がある。赤塗りの境界標も埋まっているので、ここから先が宮内庁管理の兆域なのだろう。

11:35 清和天皇陵参道入口着。敷地外から写真撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して石段道を下る。
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谷底まで石段を下り、渓流に架かる苔生したコンクリートの小さな橋を渡ると、今度は上りである。水尾の里の向かいに見えていた山を登って行くわけだ。

山を中腹あたりまで登るとようやく御陵の拝所に到着する。拝所前でさらに一礼して参進すると、立ち並ぶ高木が陰影をつくるなか、木造の門と屋根付の透垣があり、その奥に鳥居が建つのも見える。

11:48 和天皇水尾山陵参拝。一礼して退く。

もと来た径を水尾の里まで戻り、清和天皇を祀る清和天皇社に向かう。

清和天皇社は粟田山圓覺寺の裏山に鎮座しているが、この圓覺寺もまた清和天皇所縁の寺である。
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清和天皇は陽成天皇に譲位ののち水尾山寺に入定されたが、東山粟田口の圓覺寺で崩御され、応永年間に粟田口の圓覺寺が焼失したため、その寺宝を水尾山寺に遷し、同寺が粟田山圓覺寺と改められたとのことである。圓覺寺隣の老人ホーム(おそらく同寺が運営していると思われる)の前を抜けると清和天皇社の鳥居前に至る。
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12:29 和天皇社参拝。

公民館?前まで戻り、何するとも無く自治会バス出発の時間を待つ。

そのバスを運転するらしい人が、観光客のマナーの悪さを盛に難ずる話し声が聞くともなしに聞こえてくる。迷惑駐車、ゴミや吸殻のポイ捨て、木に生っている柚子の窃取、トイレの使い方・・。水尾の里を訪れた先客の紀行文では、心優しい山人の人情に触れて・・式のものをよく見かけるが、そうした良好な信頼関係はもはや過去のもののようである。心無い一部の観光客の仕打ちに、山人の心は辱められ、傷つけらた。観光客に対する潜在的敵意と侮蔑は、京都市中では毎度お馴染みのものだが、それは「柚子の里」をウリにする観光ビジネスとともに、この静かな山里にも及んだのだろうか。

13:05 水尾自治会バス「嵯峨水尾(柚子の里)」バス停から、水尾自治会バスに乗車。料金は250円。あっという間に駅前に到着。

13:13 「JR保津峡駅前」バス亭で下車。無言で降りて行った他の乗客のあと、運転手氏の目を見て「ありがとうございました」と述べて降車する。厳しかった氏の眼光が、ほんの少しだけ和らいだように、見えた。

13:25 JR嵯峨野線(山陰本線)保津峡駅から、京都行き普通電車に乗車。

13:52 京都着。このまま大阪へ帰ってしまいたいが、近鉄京都線京都駅に移動。

14:13 近鉄京都線京都駅から、橿原神宮前行き急行に乗車。

14:23 桃山御陵前着。

14:45 大手筋商店街の某店で昼食。

15:20 明治天皇陵、次いで昭憲皇太后陵に参拝後、15:40、宮内庁書陵部桃山陵墓監区事務所にて嵯峨天皇陵、淳和天皇陵、仁明天皇陵、文徳天皇陵、清和天皇陵の御陵印を拝受。

16:04 京阪本線伏見桃山駅から、天満橋行き普通電車に乗車。特急に乗り換えるのはしんどいので、このまま各駅停車で帰ろう。

17:10 天満橋着。

読み下し 日本三代実録 清和天皇
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