スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

村上天皇村上陵

平成十九年一月二十三日

8:40 京阪本線淀屋橋駅から、出町柳行きK特急で出発。

9:28 三条着。

9:44 京都市バス「三条京阪前」バス停から、10系統「北野天満宮御室山越中町」行きバスに乗車。何回か前に降りた「御室仁和寺」バス停の次が、「福王子」である。

10:25 「福王子」バス停で下車。

10:37 福王子交差点の角にある福王子神社に参拝。御祭神は、光孝天皇女御尊称皇太后班子女王(宇多天皇御生母)。仁和寺の鎮守社でもあったらしい。
062-01.jpg

神社と福王子交番との間の道を北上する。途中、圓融天皇後村上陵前に至る。同陵には二回ほどあとに参拝する予定なので、今日のところは一礼して通り過ぎる。宇多野小学校前を過ぎ突き当りまで歩くと、そこが村上天皇陵の参道入口である。参道隣には妙光寺という寺があり、そこの飼い犬にひどく吠えられる。京都市が建てた案内板によると、このお寺は南朝との所縁が深く、三種の神器が奉安されたこともあるとのこと。「なんでも鑑定団」でおなじみの野々村仁清の墓もあるらしい。

10:43 村上天皇陵参道入口前着。「参拝者以外立入禁止」「犬の散歩厳禁」の札が架かっている。糞害には相当迷惑されているようである。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して参道に入る。
062-02.jpg

砂利道の奥から丸石を敷いた階段が続く。地図で見て想像していたよりも楽に拝所まで辿り着ける。

10:54 村上天皇村上陵参拝。一礼して退く。

元来た道を福王子交差点まで戻り、周山街道を北西に向けて歩いていく。途中、ちりめん山椒「笹ちりめん」で有名な「三宝庵」の前を通る。

さらに歩くと、周山街道から右への分かれ道に「三寶寺」と彫りこまれた大きな石碑と、ヒゲ文字の御題目が書かれた真っ赤な看板が建っている。その看板の足元に、控えめに建っている小さな石標が、大阪皇陵巡拜會建立の「左 仁孝天皇皇子常寂光院御墓」碑である。そこから坂道を上っていくと三宝寺である。

11:20 金映山三寶寺着。菊亭侯爵家(清華家)および今城子爵家(堂上家)の菩提寺である。
062-03.jpg

鳴滝妙見宮(洛陽十二支妙見の「戌の妙見」)などに参拝したのち、境内左手奥の墓地入口に向かう。墓地の一番奥の方まで上っていくと、常寂光院御墓への石段下に至る。

11:41 常寂光院御墓石段下着。石段下から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して石段を上がる。
062-04.jpg

11:51 仁孝天皇皇子常寂光院墓参拝。つづいて、同墓に隣り合う常寂光院御生母藤原媋子墓と仁孝天皇皇子靈明院墓にも拝礼する。藤原(今城)媋子御墓と靈明院御墓は、宮内庁の治定を受けてはいない。靈明院御墓の前に建つ石標には「昭和四十二年妙満寺移転ニツキ同年六月十七日同寺ヨリ当地ニ御移葬ナシ奉ル 今城誼子」とある。一礼して退下。

元来た道を「福王子」バス停まで戻る。バスの時間までに昼食をとれそうだ。

12:20 「福王子」バス停横の「あいおい」で昼食。天ぷら定食を注文。天ぷら(海老・タラ芽・椎茸・丸十)、小鉢(紅白蕪酢漬け)、御飯、香の物(沢庵・高菜)、味噌汁(麩・若布)。

12:36 京都市バス「福王子」バス停から、10系統「三条京阪前」行きバスに乗車。同時にバスに乗ったお客が、先述の「笹ちりめん 三宝庵」の紙袋を持っている。ああそういえば、買えば良かったな。圓融天皇陵参拝の折、少し足を延ばすか。

13:18 「四条京阪前」バス停で下車。

13:23 京阪本線四条駅から、淀屋橋行き普通電車に乗車。

13:45 伏見桃山着。

14:25 明治天皇陵、次いで昭憲皇太后陵に参拝後、宮内庁書陵部桃山陵墓監区事務所にて光孝天皇陵、宇多天皇陵、醍醐天皇陵、朱雀天皇陵、村上天皇陵の御陵印を拝受。

14:55 京阪本線伏見桃山駅から、淀屋橋行き普通電車に乗車。特急に乗り換えるのはしんどいので、このまま各駅停車で帰ろう。

16:00 天満橋着。

旧皇族が語る天皇の日本史
公家事典
スポンサーサイト

テーマ : 神社仏閣
ジャンル : 学問・文化・芸術

醍醐(長尾天満宮~三寶院門跡~醍醐寺~上醍醐~上醍醐陵~雅慶王墓)

平成十九年一月十一日(つづき)

朱雀天皇陵のすぐ南、醍醐寺の北門を入る。赤い前掛けを付けたお地蔵さんが雛壇状に山をなす理性院前を経て、長尾天満宮鳥居前に至る。
061-02.jpg

高木が林立する中を真直ぐに伸びる静かな参道の最奥からなだらかな石段が続く。石段を登りきったところ、菅原道真公の御装束を埋葬したと伝える「衣装塚」があり、古い宝篋印塔が建つ。

11:20 長尾天満宮参拝。拝殿前の透垣の彫刻や、木造の獅子・狛犬なども良い。

長尾天満宮参道前からさらに南下すると、醍醐寺西大門前に出る。西大門自体は工事中で、覆屋の上から屋根だけが一部覗いている。西大門前で総門に続く大路を西に曲がり三宝院に向かう。

11:40 三寶院門跡着。三寶院だけの拝観料は600円であるが、醍醐寺の西大門内(こちらも単独の拝観料は600円)との共通券が1000円とのことなので、1000円を納めて参入する。因みに「さんぽういん」ではなく、「さんぼういん」である。(下写真は唐門)
061-03.jpg

三寶院といえば庭園が有名だが、現在は池の水をすべて抜いて工事中である。庭園の多くの部分を池が占めているため、普段とは大分感じが違うのだろうが、鶴島・亀島の天下の名木だという姫小松、これも天下の名石という「藤戸石」などを見る。三つの自然石を並べて賀茂川の「流れの速いさま」「川の淀んださま」「川の水が割れて砕け散るさま」を表すという「賀茂の三石」などはきわめて興味深い。他に表書院・奥宸殿・純浄観・本堂などを拝観。

12:15 共通券を提示して醍醐寺西大門から参入。

遠くから法螺貝の音が聞こえる中、清瀧宮・五重塔・祖師堂・不動堂・大講堂・弁天堂などを拝観しながら奥へ進んで行く。このうち五重塔は、醍醐天皇の菩提を弔い奉るため朱雀天皇が着工され、村上天皇の御時に完成したもので、京都府下最古の木造建築物だという。境内の一番奥まで行くと出口があり、そのまま上醍醐への参道に繋がっているが、金堂をまだ拝観していなかったので、引き返して拝観する。(下写真は五重塔)
061-04.jpg

醍醐寺拝観を終えて西大門から退出するが、上醍醐に登る前に腹ごしらえをしておきたい。

13:15 醍醐寺総門外から少し南へ行ったところにある、甘味と手打ち蕎麦の店「しも村」で昼食。年季の入った建物をよく生かした造りの店で、調度や小物類にも凝っている。にしんそばを注文。

醍醐寺西大門前まで戻り、境内の南側を廻り込む形で上醍醐への登拝口に向かう。

13:45 鳥居のある登拝口から登山開始。時間の都合もあって急ぎ足で登って行くので、なかなかしんどい。

14:24 上醍醐寺務所前着。多くの登拝者はここから西国十一番の准胝堂に向かうが、私は醍醐山頂への道をとる。

14:43 醍醐山頂・開山堂前の上醍醐陵参道前着。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して参道を下る。
061-05.jpg

14:53 白河天皇皇后賢子竝白河天皇皇女尊称皇后媞子内親王竝白河天皇皇女尊称皇后令子内親王上醍醐陵竝鳥羽天皇皇女禧子内親王墓参拝。一礼して退く。

如意輪堂・五大堂・薬師堂・西国十一番上醍醐准胝堂・清瀧宮などを拝観。醍醐寺の由来となった醍醐水も拝観。「醍醐水」とある石標の背面を見ると「従是女人禁制」の文字が深く刻まれている。
061-06.jpg

15:30 上醍醐寺務所前から下山開始。時間の都合で駆けるように下山。

15:50 登拝口の鳥居まで下り着く。

醍醐寺総門から西へ進み、綺麗に整備されたニュータウンを抜けて地下鉄醍醐駅に向かう。醍醐駅前にも立派なショッピングセンターが建っていて、地下鉄東西線の開通に伴って急速に開発が進んだ地域であることを感じる。

16:10 京都市営地下鉄東西線醍醐駅着。醍醐寺から醍醐駅までの道順を確認し終えたところで、外環状線に沿って北上する。

醍醐中山団地に向かう道に入って北側を眺めると、竹薮に覆われた丘の麓あたりに雅慶王御墓のまばらな木立が見える。しかしこの道からあそこへは行けないようだ。外環状線に戻ってひとつ北の信号を東へ入り、外環状線と平行に南に戻る道を歩いていく。道の行き止まり近くで雅慶王御墓に辿り着く。

16:30 雅慶王御墓前着。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して参進する。
061-07.jpg

16:35 宇多天皇皇孫雅慶王墓参拝。一礼して退く。もと来た道を醍醐駅まで引き返す。

17:11 京都市営地下鉄東西線醍醐駅から、二条行き電車に乗車。

17:29 三条京阪で下車。京阪三条駅に移動。

17:49 京阪本線三条駅から、淀屋橋行きK特急に乗車。

18:35 天満橋着。

平安の春
古寺巡礼京都 醍醐寺

テーマ : 神社仏閣
ジャンル : 学問・文化・芸術

朱雀天皇醍醐陵

平成十九年一月十一日(つづき)

醍醐天皇陵から醍醐寺方面に向かう道を南下する。

10:43 朱雀天皇陵参道入口前着。醍醐天皇陵とはうって変わって、狭い参道入口部分以外は完全に住宅にとり囲まれており、御陵の存在に気付かず通り過ぎかねない有様である。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して参進する。
061-01.jpg

細い参道を奥まで進むと、一般拝所はわりと広くなっていて、周縁部のほうは厚く苔生している。

10:50 朱雀天皇醍醐陵参拝。一礼して退く。

そのまま南へ向かい醍醐寺を目指す。

藤原氏千年
古寺巡礼京都 醍醐寺

テーマ : 神社仏閣
ジャンル : 学問・文化・芸術

醍醐天皇後山科陵

平成十九年一月十一日

8:36 JR京都線(東海道本線)大阪駅から、京都方面野洲行き新快速で出発。

9:12 山科着。京都市営地下鉄山科駅に移動。

9:17 京都市営地下鉄東西線山科駅から、六地蔵行き電車に乗車。

9:23 小野着。東南の方、隨心院前などを経て醍醐天皇陵に向かう。

10:01 醍醐天皇陵前着。

新興住宅地に囲まれた立地であるが、兆域を囲饒する格好で緑地帯や小公園が設けられ、参道入口前の道路も広げられている。宅地開発により参道や拝所スレスレまで民家が迫って窮屈になってしまっている陵墓が多い中、御陵の環境保持という点で示唆に富む好例であると思う。稀な例ではあるが。

敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して参進する。
060-01.jpg

手水場には小奇麗な水盤と柄杓も備わっている。筧は塩ビ製だが。兆域の端のほうには、古い井戸や、土管を利用した焼却炉などもある。

10:07 醍醐天皇後山科陵参拝。一礼して退く。

御陵を囲む緑地帯を歩いて一周する。参道西側の緑地部分に何やら石碑がうち倒されて放置されている。
060-02.jpg

近寄って見ると石碑の背面部分が上を向いており、「大正五年一月一日建之 帝國在郷軍人會醍醐村分會」と読める。忠魂碑だろうか。何とも非道な扱いであり胸が痛む。

10:25 醍醐天皇陵周回を終え、朱雀天皇陵に向け出発する。

怨霊になった天皇
古寺巡礼京都 醍醐寺

テーマ : 神社仏閣
ジャンル : 学問・文化・芸術

宇多天皇大内山陵

平成十八年十一月二十二日(つづき)

11:30 仁和寺着。二王門を入ったところで800円の拝観料を納め、書院・宸殿・庭園・金堂・霊宝館などを拝観する。(下写真は仁和寺境内。後方の山上あたりが宇多天皇陵)
059-01.jpg

宇多天皇陵方面には西門から出るのが近いが、光孝天皇陵からの道順を確かめるため、一度二王門から出て仁和寺西側を北上し、西門外を経て御室八十八ヶ所霊場の出口側(八十八番側)から入り、宇多天皇陵参道へと進路をとる。

12:55 御室陵墓参考地着。
059-02.jpg

御室陵墓参考地の少し先から舗装された車道に入り、しばらく登って行くと車道のヘアピンカーブをショートカットする格好で急角度の参道石段がある。長期間放置されているためか、踏み段がぐらついているところがあったり、ガラスの破片が散乱していたり、なかなか危険な香りがする。
059-03.jpg

石段を登りきって車道に戻ると、すぐ目前に地道の参道が始まっている。岩盤が剥き出しになった山道を経て、静寂の中に鎮まります宇多天皇陵兆域前に至る。

13:15 宇多天皇陵前着。敷地外から写真撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して参進する。
059-04.jpg

13:20 宇多天皇大内山陵参拝。一礼して退く。

もと来た道を仁和寺西門前まで戻り、西門から仁和寺に入って境内を通り抜け、二王門外のバス停に向かう。

14:02 京都市バス「御室仁和寺」バス停から、59系統「三条京阪前」行きバスに乗車。

14:35 「河原町今出川」バス停で下車。出町柳駅まで歩く。

14:48 京阪鴨東線出町柳駅から、淀屋橋行き特急に乗車。

15:38 天満橋着。

旧皇族が語る天皇の日本史
古寺巡礼京都 仁和寺

テーマ : 神社仏閣
ジャンル : 学問・文化・芸術

光孝天皇後田邑陵

平成十八年十一月二十二日

9:00 京阪本線淀屋橋駅から、出町柳行き特急で出発。

9:51 三条着。

10:04 京都市バス「三条京阪前」バス停から、59系統「金閣寺竜安寺山越」行きバスに乗車。満員だ。多くの乗客は「金閣寺前」で下車。

10:48 「御室仁和寺」バス停で下車。仁和寺の二王門(山門)前だが、先に光孝天皇陵に向かう。

二王門前から真直ぐに南下し、京福北野線御室駅を確認してから、京福電鉄の線路沿いに西へ歩いて高尾口駅に着き、駅から御陵までの道順を辿る。

11:04 光孝天皇陵前着。敷地外から写真撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して参進する。
058-01.jpg

拝所の横には大きな松の木が立っているが、その葉は松枯れで全体に赤茶けてしまっている。

11:12 光孝天皇後田邑陵参拝。一礼して退く。

光孝天皇陵の兆域には、南側と西側に出入口があり、南側の方は通常は鎖を張っているようである。

南側と西側の出入口いずれにも「光孝天皇陵」と刻まれた石標が建っているのだが、「光」の字の右上にセメントを塗りこめた小さな跡がある。別の面を見てみるとこれが大阪皇陵巡拝会建立の石標であることが分かり、してみるとセメントが塗りこめられた部分には本来「右」または「左」の文字があったはずである。元々は近辺の路傍に建てられていた道標を、時代の変転に伴ってここに移したのだろう。大阪皇陵巡拝会の篤志と情熱も、今となってはこうした扱いを受けざるを得ないのか。(下写真は南側入口外の石標)
058-02.jpg

次に仁和寺、そして宇多天皇陵に向かう。

旧皇族が語る天皇の日本史
古寺巡礼京都 仁和寺

テーマ : 神社仏閣
ジャンル : 学問・文化・芸術

最近の記事
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
プロフィール

松倉大貳

  • Author:松倉大貳
  • 歴代天皇陵や皇族陵墓参拝の記録
ブログ内検索
リンク
RSSフィード
参考図書
さらに探す
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。