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高倉天皇後閑寺陵

平成二十年四月二十日(つづき)

10:50 高倉天皇後閑寺陵参拝。一礼して退く。

再び兆域前向かって右手に伸びる清閑寺への参道石段を上がり、清閑寺に参詣する。高倉天皇と小督局の悲話で知られ、西郷南洲翁と月照上人がしばしば王政復古を謀った地でもある。日曜日だというのに、私以外に参詣者の気配はない。

本堂。当寺の拝観は志納制であるため、堂前の賽銭箱に志納金を納める。
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大西郷月照王政復古謀議舊趾。鐘楼の上方にあった茶室「郭公亭」が謀議の場所であったが、平成三年に解体されたという。
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要石。右手の清水山、左手の阿弥陀ヶ峰の間から、京の町があたかも扇を広げたかのように見え、その扇の要の位置にあたることから、この名で呼ばれる。
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11:07 清閑寺をあとにし、清水寺方面に続く「歌の中山」と呼ばれる径を歩く。

清水寺の裏口?から境内に入ると、とたんに観光客が多くなる。

子安塔。
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京都観光のメッカ「清水の舞台」。私は特に関心が無いので、清水寺境内を通り過ぎ、同様に観光客の多い清水坂や茶わん坂を避けて、大谷本廟を通り抜ける道を通って東山五条まで下る。
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11:56 京阪本線五条駅から、淀屋橋行き普通電車に乗車。

11:58 七条で下車し、12:05、淀屋橋行き特急に乗り換え。

12:48 天満橋着。

建礼門院という悲劇
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六條天皇閑寺陵

平成二十年四月二十日

8:47 京阪本線淀屋橋駅から、出町柳行き急行で出発。

9:47 三条着。

10:16 京阪バス「三条京阪」バス停から、87B系統「西野山団地小栗栖団地京阪六地蔵」行きバスに乗車。

10:35 「清閑寺山ノ内町」バス停で下車。

10:45 六條天皇陵・高倉天皇陵制札前着。正面に見えているのは高倉天皇陵であり、六條天皇陵は、その向かって右手後方上部奥にお鎮まりである。敷地外から写真撮影後、カメラを片付け、兆域前向かって右手に伸びる清閑寺への参道石段を上がる。
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清閑寺への参道石段最上部近くまで登って後ろを振り返ると、高倉天皇陵向かって右手を六条天皇陵へと続く石段が見え、その奥に六条天皇陵の門を遥かに拝することが出来る。

10:49 六條天皇閑寺陵参拝。一礼して清閑寺参道石段を制札前まで戻る。

宮内庁書陵部陵墓地形図集成
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