豊岡(雅成親王墓)

平成二十年九月二日

8:22 JR東海道本線三ノ宮駅から、網干行き新快速で出発(神戸から山陽本線)。今日も「青春18きっぷ」を使う。

9:07 姫路着。9:13、播但線寺前行き普通ワンマン列車に乗り換え。

9:54 寺前着。播但線でこの先、和田山へ進むには一時間近くここで待たなければならない。和田山行きの列車は早めに駅に着くので車内で待つ。

10:50 JR播但線和田山行き普通ワンマン列車が発車。

11:37 和田山着。ここで播但線から山陰本線に乗り換える。しばらく駅のホームで待つと、降りた向かい側に山陰本線豊岡行き列車が来る。12:02、JR山陰本線豊岡行き普通列車に乗り換え。

12:33 豊岡着。

駅の南側から西側に廻り、そのまま西へ向かう。全但バスのバス停のすぐ前が雅成親王御墓の登り口である。

12:53 雅成親王墓石段下着。その場から写真撮影後、カメラを片付け、汗を拭い、服装を整え、一礼して参進する。
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12:58 後鳥羽天皇皇子雅成親王墓参拝。一礼して退下。雅成親王(六条宮)もまた、承久の変により配流され、異郷に薨じられた御方である。

もと来た道を駅へ戻る。

13:48 JR山陰本線豊岡駅から、福知山行き普通列車に乗車。

14:19 和田山着。14:26、播但線寺前行き普通列車に乗り換え。

15:18 寺前着。15:19、播但線姫路行き普通列車に乗り換え。

15:59 姫路着。16:12、山陽本線(神戸から東海道本線)野洲行き新快速に乗り換え。

17:13 大阪着。

歴代天皇・年号事典
怨霊になった天皇
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岡山(吉備津彦神社~吉備の中山~大吉備津彦命墓~吉備津神社~仁親王墓~五流尊瀧院~熊野神社~櫻井塚~後鳥羽院御影塔)

平成二十年八月十一日

8:22 JR東海道本線三ノ宮駅から、網干行き新快速で出発(神戸から山陽本線)。今日も「青春18きっぷ」を使う。

9:03 姫路着。9:10、山陽本線播州赤穂行き普通電車に乗り換え。通勤ラッシュ並みの混雑である。

9:29 相生着。9:33、山陽本線備中高梁行き普通電車に乗り換え。

10:38 岡山着。10:53、吉備線備中高松行き普通に乗り換え。

11:03 備前一宮着。駅近くの備前一宮吉備津彦神社に向かう。

11:08 吉備津彦神社着。
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11:17 吉備津彦神社参拝。初めての参拝であることもあり、御朱印も拝受する。

11:25 吉備の中山登拝開始。吉備の中山は、備前一宮吉備津彦神社・備中一宮吉備津神社双方の神奈備山であり、山中には大吉備津彦命御墓のほか、元宮磐座、天柱岩など信仰の対象となる巨石群が鎮座する聖山である。備前国と備中国の旧国境もこの山を通っている。

吉備の中山登拝口にある碑。「備前一宮神應 大吉備津彦命薨去之地」。
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藤原成親卿供養塔。
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元宮磐座。
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天柱岩。
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12:45 大吉備津彦命墓前着。敷地外から写真撮影後、カメラを片付け、汗を拭い、服装を整え、一礼して参進する。
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12:50 孝靈天皇皇子大吉備津彦命墓参拝。一般参拝者が清掃奉仕するための箒が設置されている。大いに清掃していきたいところだが、あとの予定もあるので拝所前を少しだけ清掃する。その後一礼して退下。

大吉備津彦命御墓参道の石段を吉備の中山西麓へと一気に下り、吉備津神社へ向かう。

13:05 備中一宮吉備津神社着。
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13:17 吉備津神社参拝。初めての参拝であることもあり、御朱印も拝受する。

13:51 JR吉備線吉備津駅から、岡山行き普通に乗車。

14:08 岡山着。一度改札外に出て岡山駅の駅ビル内で昼食をとる。

岡山での予定はもう一ラウンドある。

14:46 JR宇野線岡山駅から観音寺行き普通電車に乗車。

15:18 木見着。

駅前はがらんとしているが、少し歩くと古い集落に入る。そのまま集落内の旧道を歩いて行くと頼仁親王御墓に至る。

15:23 頼仁親王墓前着。敷地外から写真撮影後、カメラを片付け、汗を拭い、服装を整え、一礼して参進する。
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15:29 後鳥羽天皇皇子仁親王墓参拝。一礼して退下。

15:40 五流尊瀧院着。
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役行者の五高弟が、熊野本宮の御神体を当地に遷座したことに由来するという五流山伏の道統を今に伝える「宗教法人修験道」の総本山である。承久の変後当地に配流となった頼仁親王(冷泉宮)が当院中興の祖となり、その後現在に至るまで頼仁親王の男系子孫(その名も「宮家氏」)が住持を務めている。境内には頼仁親王の御庵室や歌碑があるほか、紀尾井坂の変のとき大久保利通公が乗っていた血染めの馬車を安置しているという。

頼仁親王歌碑。題を「述懐」とし、「この里にわれ幾年を過してむ乳木の煙朝夕にして」。
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15:47 熊野神社鳥居前着。

明治の神仏分離までは日本第一熊野十二社大権現宮と称し、先の五流尊瀧院と一体であった。境内の案内板に設置者名として「五流尊瀧院」というクレジットがあるところを見ると、現在はまた一体化しているようである。なお、先に参拝した頼仁親王御墓は、熊野三山のうち新宮に見立てた諸興寺(応仁の兵火で焼失)の故地である。

15:52 櫻井塚(後鳥羽天皇皇子覺仁親王墓伝承地)拝礼。
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園城寺長吏であった後鳥羽院の皇子覚仁法親王(桜井宮)が承久の変前年に当地に遷られ、薨後この塚に奉葬されたと伝えられるが未治定。右側の十三重石塔ではなく、その隣の小さな五輪塔が櫻井塚である。

16:04 熊野神社参拝。
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熊野神社三重塔。
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16:14 後鳥羽院御影塔拝礼。
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後鳥羽院の一周忌供養のため頼仁親王と覚仁親王により建立され、院の御分骨が塔内に奉安されたと伝えられていたが、昭和四十五年から翌年にかけての解体修理の際に、納骨穴から火葬骨片や歯牙が発見された。また塔建立時に廟堂・経堂も建造されたが応仁の兵火で焼失し、現在もその焼損痕が石塔表面に残る。国指定重要文化財。これほどのものが未治定なのは痛恨事である。

もと来た道を駅へ戻る。

16:56 JR宇野線木見駅から岡山行き普通電車に乗車。

17:41 予定より13分遅れで岡山着。18:01、山陽本線姫路行き普通電車に乗り換え。

19:26 姫路着。19:27、降りた向かい側に待っていた山陽本線(神戸から東海道本線)米原行き新快速に乗り換え。

20:28 大阪着。

鬼ノ城と吉備津神社―「桃太郎の舞台」を科学する
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亀山(能褒野神社~能褒野墓)

平成二十年八月四日

9:00 JR東海道本線大阪駅から、長浜行き新快速で出発。今日も「青春18きっぷ」を使う。

9:50 草津着。ここで草津線に乗り換える。草津線の発車時間まで30分以上あるため、暑いホームで待たなければならないかと思っていたが、10:10ごろには柘植行き普通車がホームに入って来たので、車内で待つ。

10:28 JR草津線柘植行き普通車が発車。本来の発車予定時刻は10:26だが、琵琶湖線の新快速が遅れていたとのことで、その乗り換え客待ちのため2分ほど遅れての発車になる。

11:09 柘植着。ここで関西本線に乗り換える。降りた向かい側に関西本線の普通ワンマン車が既に待っている。11:11、JR関西本線亀山行き普通車が発車。

11:35 亀山着。ここで同じ関西本線の名古屋行きに乗り継ぐ。11:50、JR関西本線名古屋行き普通ワンマン車が発車。

11:55 井田川着。

駅前から西に進んで国道1号線を越え、なだらかな丘陵地に築かれた新興住宅地を抜けて行き、人影まばらな田園地帯を歩く。安楽川に架かる能褒野橋に至ると、能褒野墓や能褒野神社、王塚公園を含む丘陵の木立が水田の彼方に見えてくる。
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12:26 王塚公園着。

能褒野墓と能褒野神社に隣接する公園。麓の池には大きな錦鯉がたくさん泳いでいる。園内には、当地から出土した鰭付朝顔型円筒埴輪を模したと思われる水道設備や、古代の家屋を模したらしい東屋もある。
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12:53 能褒野神社参拝。日本武尊を主祭神とする。
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能褒野墓は、飛地五(い~ほ号)と、域内陪冢九(い~り号)を持つ。能褒野神社参道を挟んで北側が神社境内地、南側が御墓本地兆域となっており、附近に点在する小墳塋群のうち、神社境内側にあるものが飛地「に」号「ほ」号、御墓本地側の林中にあるものが域内陪冢とされている(い~り号)。また、御墓本地南側一帯に細長く伸びる飛地が「い」号であり、その飛地「い」号の域内に「ぬ」「る」「を」の三つの塚がある(すなわち、「飛地の域内陪冢」)。飛地「ろ」号「は」号は西へ少し離れたところにある(下写真は飛地「ほ」号)。
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13:27 能褒野墓参道石段下着。その場から写真撮影後、カメラを片付け、汗を拭い、服装を整え、一礼して参進する。
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13:30 景行天皇皇子日本武尊能褒野墓参拝。一礼して退下。

もと来た道を駅まで戻る。

14:14 JR関西本線井田川駅から、亀山行き普通ワンマン車に乗車。

14:19 亀山着。ここで同じ関西本線の加茂行きに乗り継ぐ。14:45、JR関西本線加茂行き普通ワンマン車が発車。

15:09 柘植着。ここで草津線に乗り換える。15:31、JR草津線草津行き普通車が発車。

16:20 草津着。摂津富田駅近くの踏切で人身事故があったとのことで、ダイヤが大幅に乱れているらしい。摂津富田ということは、またいつもの殺人踏切だろう。

16:33 JR東海道本線草津駅から、網干行き快速に乗車。快速といっても高槻までは各駅に停車し、その後大阪駅に近づくと何度も信号待ちで停車する。

17:54 大阪着。

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