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哲学の道(靈鑑寺門跡~靈鑑寺宮墓地~宗諄女王墓~久邇宮墓地~光雲寺~昭子内親王墓~永観堂~尊良親王墓)

平成十九年二月二十日(つづき)

10:30 靈鑑寺門跡前着。後水尾院の御創建になり、「谷の御所」と呼ばれる。
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靈鑑寺門跡南側の坂道を上がり霊鑑寺宮墓地を目指すが、道を間違える。入るべき径を見落として坂を奥まで上がってしまい、さらにその先の登山道にまで入り込む。地図と照らし合わせれば、「こんな奥であるわけがない」と分かっているはずなのに、引き返す決断が遅れたために時間と体力を大いに消耗する。

ようやく引き返し、砂防ダムの脇からノートルダム女学院東側の塀沿いを行く細道を見つける。

11:21 霊鑑寺宮墓地着。

拝見するつもりがなくても疎らな生垣の間から見えてしまうのだが、宗榮女王御墓の無縫塔は表面が剥落してしまっているほか、燈籠が倒壊していたり、宗眞女王御墓と宗恭女王御墓の間にある宝篋印塔は相輪が折れてしまっている。賢明なる陵墓管理をお願いしたいものである。

敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して段上に上がる。
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11:30 後西天皇皇女宗榮女王墓竝後伏見天皇十五世皇孫女宗眞女王墓竝東山天皇皇曾孫女宗恭女王墓靈鑑寺宮墓地参拝。一礼して退く。

霊鑑寺門跡南側の坂を一気に下り、琵琶湖疏水分流に沿う、いわゆる「哲学の道」を南に歩く。

11:45 宗諄女王御墓前着。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して段を上がる。
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11:52 後伏見天皇十八世皇孫女宗諄女王墓参拝。一礼して退く。すぐ近くには殉職警察官の慰霊碑がある。この場所で起こった未解決の警察官射殺事件の犠牲者を悼む碑であるという。

宗諄女王御墓と「哲学の道」を挟んで西側、光雲寺の方に下る。

12:06 久邇宮墓地着。敷地外から写真撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して門前に立つ。
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12:10 後伏見天皇廿世皇孫暢王墓竝後伏見天皇廿世皇孫女懐子女王墓竝後伏見天皇廿世皇孫一言足彦命墓竝後伏見天皇廿世皇孫女飛呂子女王墓竝後伏見天皇廿世皇孫邦彦王髪爪塔久邇宮墓地参拝。一礼して退く。

「南禅寺北ノ坊」とも呼ばれる靈芝山光雲寺は、後水尾院の御尽力によって当地に移されたものであり、久邇宮家の菩提所でもある。
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12:19 昭子内親王御墓前着。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して門前に立つ。
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12:23 後水尾天皇皇女昭子内親王墓参拝。一礼して退く。

「哲学の道」を若王子神社参道前まで南下してから鹿ケ谷通まで下り、一度進路を北にとって住友の有芳園あたりまで行ってみたあと、永観堂の前まで鹿ケ谷通を歩く。

12:53 永観堂(禅林寺)前着。
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永観堂門前の道を南禅寺道に向けて歩くと、その途上に尊良親王御墓がある。

12:58 尊良親王御墓前着。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して参進する。
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13:03 後醍醐天皇皇子尊良親王墓参拝。一礼して退く。

南禅寺道までさらに歩き、バスに乗ることにする。

13:21 京都市バス「南禅寺永観堂道」バス停から、5系統「京都駅前」行きバスに乗車。

13:32 「三条京阪前」バス停で下車。

13:43 京阪本線三条駅から、淀屋橋行き普通電車に乗車。

13:50 東福寺着。

月輪陵、後月輪陵遥拝後、14:18、宮内庁書陵部月輪陵墓監区事務所にて冷泉天皇陵の御陵印を拝受。

14:50 東福寺駅前の「かぶき」で昼食。

15:09 京阪本線東福寺駅から、淀屋橋行き普通電車に乗車。特急に乗り換えるのはしんどいので、このまま各駅停車で帰ろう。

16:30 天満橋着。

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