FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

小野(勸修寺門跡~勸修寺宮墓地~小野陵~山科神社~大石良雄遺髪之塚~大石神社~坂上田村麻呂墓)

平成十九年七月十九日

9:00 京阪本線淀屋橋駅から、出町柳行き特急で出発。

9:52 三条着。地下鉄三条京阪駅に移動。

9:57 京都市営地下鉄東西線三条京阪駅から、六地蔵行き電車に乗車。

10:12 小野着。

10:23 勸修寺門跡着。400円の拝観料を納めて庭園を拝観。
073-13.jpg

勧修寺をあとにして、勧修寺宮墓地に向かう。名神高速道路の南側の側道を暫く西行したのち少し山中に入る。

10:58 勸修寺宮墓地着。写真数枚撮影後、カメラを片付け、汗を拭い、服装を整え、一礼して門前に参ずる。
073-14.jpg

11:10 靈元天皇皇子濟深親王墓竝後伏見天皇十五世皇孫尊孝親王墓竝後伏見天皇十九世皇孫晃親王髪歯塔勸修寺宮墓地参拝。一礼して退く。

下写真は、勧修寺宮墓地の隣接地にある宮内庁治定外の「勸修寺宮總墳塔」。こちらにも拝礼していく。
073-15.jpg

今度は名神高速道路北側の側道を西進する。

11:27 小野陵前着。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、汗を拭い、服装を整え、一礼して参進。
073-16.jpg

11:35 宇多天皇女御贈皇太后胤子小野陵参拝。一礼して退下。

高速道路側道を途中まで戻り、北へひと山越える道を歩く。浄水場前を経て丘陵地の反対側の人里に至ると、山科神社参道に辿り着く。

12:11 山科神社参拝。日本武尊・稚武王を御祭神とする。参拝者の少ない神社では、手水場の手水を閉栓していたり、チョロチョロとしか出ていないことが多いが、ここの手水は常時勢いよく出ている。山の湧き水を使っているのだろうか。朱塗りの御社殿も美しい。
073-17.jpg

隣の岩屋寺は、かつての山科神社神宮寺であり、赤穂義士の大石良雄が隠棲したところである。

12:20 大石良雄遺髪之塚拝礼。
073-18.jpg

12:37 大石神社参拝。
073-19.jpg

この大石神社のあるあたりは、稲荷山の東麓、つまり伏見稲荷大社のある西麓と稲荷山を挟んで正反対側にあたる。稲荷行者所縁の地と聞く。

大石神社から地下鉄椥辻駅に向かう途上に坂上田村麻呂公墓がある。

13:15 坂上田村麻呂公墓拝礼。
073-20.jpg

征夷大将軍として有名な坂上田村麻呂公は、甲冑に身を包み弓矢で武装し、立った姿のままで埋葬されたと伝えられる。最近、同じ山科区内の西野山古墓が真の田村麻呂公墓ではないかという有力説が出たようだ。

13:46 京都市営地下鉄東西線椥辻駅から、二条行き電車に乗車。

13:59 三条京阪着。京阪三条駅に移動。

14:11 京阪本線三条駅から、淀屋橋行き特急に乗車。

14:53 天満橋着。

歴代天皇・年号事典
坂上田村麻呂
歴史で読み解く京都の地理
スポンサーサイト

テーマ : 神社仏閣
ジャンル : 学問・文化・芸術

最近の記事
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
プロフィール

松倉大貳

  • Author:松倉大貳
  • 歴代天皇陵や皇族陵墓参拝の記録
ブログ内検索
リンク
RSSフィード
参考図書
さらに探す
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。