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亀山(能褒野神社~能褒野墓)

平成二十年八月四日

9:00 JR東海道本線大阪駅から、長浜行き新快速で出発。今日も「青春18きっぷ」を使う。

9:50 草津着。ここで草津線に乗り換える。草津線の発車時間まで30分以上あるため、暑いホームで待たなければならないかと思っていたが、10:10ごろには柘植行き普通車がホームに入って来たので、車内で待つ。

10:28 JR草津線柘植行き普通車が発車。本来の発車予定時刻は10:26だが、琵琶湖線の新快速が遅れていたとのことで、その乗り換え客待ちのため2分ほど遅れての発車になる。

11:09 柘植着。ここで関西本線に乗り換える。降りた向かい側に関西本線の普通ワンマン車が既に待っている。11:11、JR関西本線亀山行き普通車が発車。

11:35 亀山着。ここで同じ関西本線の名古屋行きに乗り継ぐ。11:50、JR関西本線名古屋行き普通ワンマン車が発車。

11:55 井田川着。

駅前から西に進んで国道1号線を越え、なだらかな丘陵地に築かれた新興住宅地を抜けて行き、人影まばらな田園地帯を歩く。安楽川に架かる能褒野橋に至ると、能褒野墓や能褒野神社、王塚公園を含む丘陵の木立が水田の彼方に見えてくる。
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12:26 王塚公園着。

能褒野墓と能褒野神社に隣接する公園。麓の池には大きな錦鯉がたくさん泳いでいる。園内には、当地から出土した鰭付朝顔型円筒埴輪を模したと思われる水道設備や、古代の家屋を模したらしい東屋もある。
080-27.jpg 080-28.jpg


12:53 能褒野神社参拝。日本武尊を主祭神とする。
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能褒野墓は、飛地五(い~ほ号)と、域内陪冢九(い~り号)を持つ。能褒野神社参道を挟んで北側が神社境内地、南側が御墓本地兆域となっており、附近に点在する小墳塋群のうち、神社境内側にあるものが飛地「に」号「ほ」号、御墓本地側の林中にあるものが域内陪冢とされている(い~り号)。また、御墓本地南側一帯に細長く伸びる飛地が「い」号であり、その飛地「い」号の域内に「ぬ」「る」「を」の三つの塚がある(すなわち、「飛地の域内陪冢」)。飛地「ろ」号「は」号は西へ少し離れたところにある(下写真は飛地「ほ」号)。
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13:27 能褒野墓参道石段下着。その場から写真撮影後、カメラを片付け、汗を拭い、服装を整え、一礼して参進する。
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13:30 景行天皇皇子日本武尊能褒野墓参拝。一礼して退下。

もと来た道を駅まで戻る。

14:14 JR関西本線井田川駅から、亀山行き普通ワンマン車に乗車。

14:19 亀山着。ここで同じ関西本線の加茂行きに乗り継ぐ。14:45、JR関西本線加茂行き普通ワンマン車が発車。

15:09 柘植着。ここで草津線に乗り換える。15:31、JR草津線草津行き普通車が発車。

16:20 草津着。摂津富田駅近くの踏切で人身事故があったとのことで、ダイヤが大幅に乱れているらしい。摂津富田ということは、またいつもの殺人踏切だろう。

16:33 JR東海道本線草津駅から、網干行き快速に乗車。快速といっても高槻までは各駅に停車し、その後大阪駅に近づくと何度も信号待ちで停車する。

17:54 大阪着。

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