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推古天皇磯長山田陵

平成十七年十月十九日

9:14 近鉄南大阪線(古市から先は長野線)あべの橋駅から、長野行き準急で出発。

9:41 喜志着。今回も「近つ飛鳥ネットワーク型レンタサイクル・かわっちりん」で、電動アシスト自転車を借りる。一路東へ。

10:20 先月は駅に着いてから二時間かかって辿りついた敏達天皇陵附近に、今回はすんなり到着。ホームページ用に最寄のバス停等を再撮影。

叡福寺前を経て、10:40、用明天皇陵附近着。ここでも最寄のバス停等を再撮影したあと、用明天皇陵前から推古天皇陵への道を辿る。

11:05 推古天皇陵前着。稲刈り真っ最中の田んぼが広がる谷を見下ろす高台に、形の良い方形の陵丘が悠然と聳えている。陵丘の裾部分は幕末の修陵事業で整えられたものなので、築造当初からこのように聳え立っていたわけではないようだが、撮影し甲斐のある見事な風景だ。敷地外から写真数枚撮影後、カメラを片付け、服装を整え、一礼して敷地へ入る。
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駐車場から拝所へ登っていく参道入り口の向かって左側に、「推古天皇磯長山田陵」と彫られた真新しく見える石標がある。真新しく見えるのだが、裏には「大正十四年十月建設」とある。古い写真ではこの石標は向かって右側にあったはずだ。しばし石標をまじまじ見ていると、宮内庁職員らしき方がカブで目の前に乗り付けて来てジロリ一瞥。アヤシクナイアヤシクナイアヤシクナイ・・・

11:20 推古天皇磯長山田陵竝敏達天皇皇子竹田皇子墓参拝。一礼して退下。近くの二子塚に寄ってから科長神社、小野妹子墓を目指すことにする。

11:45 二子塚着。方形の塚を二つ繋ぎ合わせた珍しい形。これこそが、真の推古天皇と竹田皇子の合葬陵であるという伝承も一部になくはない。推古天皇陵からこの塚まで、のどかな田園風景の中を行く径が続いており、自転車を二子塚下にとめて歩いてみた。

二上山を目印にさらに東へ向かう。

12:06 小野妹子墓参道登り口着。すぐ隣は科長神社である。というより、(現在の土地所有関係はわからないが)このあたり全部が科長神社の旧社地なのだろう。墓は現在、華道の池坊が管理しているらしい。
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12:14 小野妹子墓拝礼。推古天皇、聖徳太子、小野妹子・・さらに源氏三代(頼信、頼義、義家)と、羽曳野市南部も含めたこの一帯には日本史上のビッグネームの奥津城が目白押しであるが、賑やかな観光地化していないのは訪ねるほうにとっては好もしい。(羽曳野市にある源氏三代の墓は荒れ果てすぎだが)

12:23 科長神社参拝。御祭神は、級長津彦命・級長津姫命をはじめ天照大神など八神。で、通称が八社大明神。舟形だんじりが有名な神社である。
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12:30 国道166号線沿いの、道の駅「近つ飛鳥の里・太子」で、おみやげに「万葉の森・力餅」のよもぎ餅を求める。一般におみやげ物といっても、他所で製造されたものを仕入れて売っていることが少なくないが、この「万葉の森・力餅」は地元で手作りされているそうだ。

帰りはゆるやかな下り勾配を楽々西へ下って行く。喜志駅前で自転車を返却し、古市陵墓監区事務所に向かう。

13:17 喜志駅から、あべの橋行き準急に乗車。

13:30 土師ノ里着。

13:50 応神天皇陵参拝後、古市陵墓監区事務所にて推古天皇陵の御陵印を拝受。

14:40 土師ノ里駅から、あべの橋行き準急に乗車。

14:56 あべの橋着。

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